寝楽起楽

最近は頑張って読書感想ブログにしてます。

                ネタバレには配慮しない感想ブログです。

安保法制の一連の流れについて

   実際集団的自衛権が限定行使出来るようになったとして、それによって何がどう変わっていくのかの、政治的な見通しを述べることは詳しくないので出来ない。

  ただ新聞やニュースで聞きかじったこの安保採決の流れについて些か思うことがあるので書いておく。

安倍首相は国民の理解が不十分ではないことを認めつつ、なおも採決を進め、国民には説明を尽くしていく、という考えでいるらしい。

  この態度は民主主義からは程遠いと言わざるを得ない。

  民主主義とはそもそも、「決めたくても決められない」制度である。できるだけ沢山の人の色んな意見を聞いて皆が納得するようなものを作っていこう!というのが理想なのだから、効率が悪くて当たり前である。

これはどうしようもねえな、という輩が権力を好き勝手振るってきた過去を踏まえて作られた、中々良くできた制度である。


  しかし安倍首相は曲がりなりにも民主主義国家である日本で、理解なきまま安保法案を成立させようとしている。つまり、此処の抜け穴を突けばいくらでも政治を自由に出来るよ、というのを未来の首相達に示してしまっているのである。

これは自民党にとってもあまりよろしくない。今後何年後か何十年後かは分からないけど、ずっと自民体制が続くということはないだろう。自党と敵対する党に対しても「民主国家での独裁のやり方」のお手本教科書を作っちゃってるのである。

  次に問題だと感ずるのは、どうせ国民なんて鶏ぐらいの知能しかないんだから成立させればこっちのもんでしょ発言である(大分表現は変えてるけど)。

  秘密保護法法案の時のことがよく引き合いに出され、あの時同様また忘れて選挙になれば自民党に投票するだろ、とタカを括っている人は多いように思う。


  他の人たちは分からないが確かに僕の頭は鶏なので、次選挙の際にこの一連の出来事を忘れている可能性はある。それは認める。
  けれども、政治への不信感は、無意識下のうちに残るどろう。

個別の事象は忘れても、印象だけは拭い難く残る。これは対人であっても対国家であっても、主体が個人であるがゆえに同じだ。

  そしてそれは、日常では綺麗さっぱり無いように見えて、此処ぞという時に爆発する。今回のように。

  「もう政治家は誰も信じられない」  「どうせ俺1人が動いても何も変わらない」という形で、大多数の反対派の人の胸の中に安保法案は残る。そのことは、政治をこの先非健全にしていくことにまず間違いなく貢献する。これも自民党にとって良いこととは言えないのでは?


  別にちゃんと説明を尽くしてくれさえすれば、なんかよくわかんないけど取り敢えず怖いから消極的に反対、という人が賛成派に回って、そのお陰で賛成派多数、ちゃんと民意に従った上での安保法案成立、となる可能性は十分あるし、それなら僕だって文句は言わん(僕個人は理屈の前に感情で強く否定してしまうあんましよろしくない反対派なので、多分賛成派に靡くことはないけど)。

  要は安心させてほしいのである。この人なら任せても大丈夫、と思わせてほしいのである。本当は政治のことなんか何も気にせず好きなことに囲まれてのんびり生きてたいのに、なんだか安倍首相のやり方が誠実に見えないから、お陰でいらぬ事を考える羽目になってるのである(んなもん知るか、って感じだろけどあっちとしては)。


 段々オチが見えなくなってきたなと思ってたら
法案通過のお知らせがきた。予定調和だけどやっぱし徒労感。これからどうなってくのかね。