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最近は頑張って読書感想ブログにしてます。

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山のヌシは微笑む:『蟲師 特別編 鈴の雫』 監督:長濵博史 原作:漆原友紀 2015年

およそ遠しとされしもの

下等で奇怪

見慣れた動物達とはまるで違うと思しき物達

それら異形の一群を、人は古くから畏れを含み

いつしか総じて「蟲」と呼んだ

 

記念すべき(?)100記事目らしいです。

 

 

 

 

 

○あらすじ

 山のヌシとなってしまった少女が、人と山のハザマでゆれ、最後に

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○考察・感想

 『蟲師』という作品は、人とは違う、理屈抜きでただ在るモノたち(=蟲)という存在の居る世界を、凄く丁寧に描き出す。だから凄く好きだと思ってきたわけだが、この『筆の雫』は、その「人とは違うモノたち」という自分の認識を、頭からぶんなぐってくれた。

 

 中盤で、主人公であるギンコが、山のヌシの少女カヤに対し、お前さんが山のヌシであってくれてよかった、と語るシーンがある。

山のヌシを人が成せた時代は遥か昔のことであり、もう人は山と一つにはなれないと思っていた、と。

 

 しかし結局、カヤが人の側に触れてしまったがために、山の統治は安定しなくなる。

人からヌシはもはや生まれない、人は山の理から外れていくのだ、と囁く、知性を持った蟲たち(?)に対し、ギンコは「人が山から外れていくことはない。人も山の一部なのだから」と応答する。これにとても虚をつかれた。

 

 

 人間も自然の一部なんだよ、なんて言葉は非常によくある話で、そういった類の本や主張を見聞きする度、それに同意するような立場に自分はこれまで立っていたと思っている。

 

 そんな自分が、この作品の蟲たちのことは、「人とは全く違う理の中でいるモノ」としてしか見ていなかった、ギンコの言葉は、それを気づかせてくれたのだ。

 

 ゆえに多分これまで、僕の目に蟲が写ることも、ましてやヌシになることもなかったのだろう。

他者としてある蟲たちを、どのようにして隣人として引き寄せるかを、今後の課題にしたいと思う。

 

 

もののけ姫とかが好きな人なら『蟲師』は多分絶対好きなので、是非見てみてほしいし、漫画も買ってほしいし、ついでに「ふでの海」の淡幽さんに心奪われればいいと思う。

 

やーしかし100記事か。飽きっぽい自分にしてはよくやったもんだ。文字数にしたら全然ないだろうけど。

 

以上。