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最近は頑張って読書感想ブログにしてます。

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羽生善治という神話

 藤井聡太4段がデビューから29連勝、そして羽生さんが永世7冠達成と2017年の将棋界は偉業の時代であったわけだが、その輝かしい業績の影の隅の1ドットにも満たない欠片の中で、私はスマホアプリ「ぴよ将棋」の放つ8番目の刺客ぴよ介に無事八連敗を喫した。

 

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↑屋台で売られるカラーひよことは一味違うんだよ、とでもいいたげなすまし顔。

 

 将棋ウォーズ2級の身で偉そうに語るのもなんだが、将棋において重要なのはまずなによりも「ミスをしないこと」である。

角のライン見逃しからの王手飛車ふんどしの桂割うちの銀etcetc、一瞬で勝負が決まる(とも言えないのが低級将棋の面白さではあるけど)ような致命的な隙を見せず、かつ相手の隙を見逃さない。

プロの方々でも概ねやっていることは同じで、終局後の感想戦では必ず敗着がどこだったかがまず検討される(検討してもわからないこともある)。

 

 とあるブログによると、将棋の局面数は全部で大体10の68乗通りだそうだ。例えばその全てを暗記し、「正しい」手を指すことができればそれは一つの「完成」と呼べるだろうけれども、恐らく人間には不可能なことだろう。だがこれは、目指す境地として想定しうる。

 

 羽生善治という存在は、間違いなく将棋における一つの到達点と思われていた。県大会上位レベルに居ないと入れない奨励会員が150人程度、そこから上位の30人が三段リーグを争い、半年で上2名のみがプロになり、そのプロが160人程度いる中で、選ばれし10人のみが在籍するA級にあって、並み居る強豪棋士をちぎっては投げちぎっては投げしていたのが羽生さんである。

 

 将棋を志す少年の大多数における目標は羽生さんであったことは、まず疑いようがないだろう。複数保持するタイトルのうち一つでも奪取されれば「羽生衰えたな」と噂され、圧倒的な強さでいることを求められ続ける、その重圧は半端ではなかったであろうと思う。

 

 しかしその幻想は、図らずも電王戦における人間の敗北、という形で崩されたように私には思える。

 これまで将棋における最高峰としてみなされていた棋士たちの、更にその先が存在しうる。アマチュアの目からすれば、AI将棋がプロをなぎ倒していく様は悪夢の様にも写るが、プロ棋士たち、とりもなおさず羽生さんにとっては、これは肩の荷を一つ降ろせるような、福音にも見えたのではないだろうか。

 

 永世七冠のインタビューの中で、羽生さんはこう語る。

 

  (将棋について)子どもの頃からずっとやってきていますけど、自分がやってきたことって、そのほんの一欠片、一欠片の欠片にもなっているか、なっていないか、ということだけなので、それを考えると、根本的なことはわかっていないという面があるとは思っています。

 

 一昔前であれば、この発言は衝撃を持って迎えられたかもしれない。しかし新しい地平が開けている今、この言葉はある種当然さを持って受け入れられる。

 

 藤井聡太四段はプロ入り時のインタビューにおいて、「目標としている棋士はいない。凄く強い棋士になりたい」とコメントを残した。若手にとっては、羽生はもはや目標ではなく、越えるべき壁の一つに過ぎない。

 

 そうした新たな時代にあって、羽生永世7冠がどれだけの偉業をこれから成し遂げるのか。あるいは羽生神話を受け継ぐような棋士が、今後また現れるのだろうか。

一介の将棋ファンとして、今後の将棋界、及び羽生永世7冠の発展を見守りたいと思う。