寝楽起楽

ネタばれには配慮しない、感想/紹介ブログです。毎週1回更新 +α を目指したかった。

向田邦子『父の侘び状』 文藝春秋 2006年(初出は1976~78)

 幸田文(いつも「ふみ」なのか「あや」なのか迷う。あやです)さんのエッセイが好きで、幸田文さん好きが必ず一緒に名前を挙げる人が向田邦子さんなので、気になって読んだらはまりました。

 

父の詫び状 <新装版> (文春文庫)

父の詫び状 <新装版> (文春文庫)

 

 

 

 ほとんど全てが子供の頃の鮮やかな思い出話で占められている本著は、筆の向くまま書き連ねたとみえ、一つの章に一見無関係に思えるエピソードがこれでもかと詰め込まれている。話が三転どころか四飛五跳し気づけば最初の話が霞のようになるタイプのおばちゃんはどこにでも存在すると思われるが、自由なハンドル捌きに追いすがるようにしていくとすとんと落ちがある。

 

 最初からそうしよう、と決めた訳ではなく、自分の人生の些末事を振り返り振り返りすると、こんなところにこんな共通点があった、という風な書き方で、それがいかにも自然で気持ちが良い。

 

 以下はちょこちょこ気に入ったとこ。

 

鯛やひらめの舞い踊り

ただ珍しく面白く

月日のたつのも夢のうち

(本書p117より)

 

 たいやひらめがまいおどる、は、シャドバの乙姫が言ってたので知ってたけど、元ネタがあるとは思わなんだ。知ってました?

こういう古歌とかを文章の端々にさらっと挿入出来るのかっこいいよなぁ。

 

 ライオンは人のいい目をしている。虎のほうが、目つきは冷酷で腹黒そうだ。

 熊は図体にくらべて目が引っこんで小さいせいか、陰険に見える。パンダから目のまわりの愛嬌のあるアイシャドーを差し引くと、ただの白熊になってしまう。

 ラクダはずるそうだし、ゾウは、気のせいかインドのガンジー首相そっくりの思慮ぶかそうな、しかし気の許せない貴婦人といった目をしていた。

 キリンはほっそりした思春期の、はにかんだ少女の目、牛は妙に諦めた目の色で口を動かしていたし、馬は人間の男そっくりの監視委目であった。競馬場でただ走ることが宿命の馬と、はずれ馬券を細かくちぎる男達は、もしかしたら、同じ目をしているのかもしれない

(本著p189-190)

 

 此処、一番共感しながら読んだ。人の顔を動物に例えたり、反対に動物を人に見立ててみたり、そういうことってしますよね。

 

 

大島真寿美『ツタよ、ツタ』 実業之日本社 2016年

 

ツタよ、ツタ

ツタよ、ツタ

 

 

 

 琉球王国の名家に生まれ、結婚を機に台湾、それから夫に従って東京や名古屋を転々とした女性の、実話を元にしたフィクション。途中離婚したり七つ年下の学生といい仲になったり作家としてデビューしかけたり色々する。

 

 沖縄の女性だから、という時代の差別がひどく、決心して強く立とうとしても状況に押し負け、自分のやりたいこともよく分からなくなり・・・といった、格別に不幸だとはいえないけど、でも確実に本人にとってはいい状況ではない感じがずっと続く本。

 

 自分の中にある自分でないもの(それは本名であるツタであったり、あるいは中盤から本名にもなった筆名の千紗子だったり、また終盤にはまってる宗教の神様であったりする)との格闘が主題だと思って読んだ。それがまたさっぱり上手くいかなくて悲しい。

 

 ただ明確に作中で何かを押し出しているような風ではなく、全体的には久路ツタさんの半生をただ綴っていっているだけなので、ぼんやり読むと表面をなぞるだけで終わってしまう。

 

 

高野秀之『腰痛探検家』 集英社 2010年

 『はい、泳げません』に引き続き、チェコ好きの日記さんでセットのように紹介されていた本書を読了。

 

 

腰痛探検家 (集英社文庫)

腰痛探検家 (集英社文庫)

 

 

 

 早稲田大学在学時代は探検部に所属、そのまま幻の怪魚をインドで追いかけることに熱中したりしながらノンフィクション作家として生計を立てている筆者がひどい腰痛にかかり、色んな医者にかかって悪戦苦闘する話。

 

 まじでかかる医者かかる整体それぞれに違うことを言われて当惑する筆者、彼としてはとりあえずどんな手法でも治してさえくれればいいってスタンスだが、「3回通ってもらうだけで何でも治す」という評判の人にさえ匙を投げられる。

 

 最終的に筆者は自分自身でとある決断をし、そして結局原因は分からないまま何をやってもさっぱり良くならなかった腰痛は快方に向かう(といっても3時間以上立っているのはきつかったりとかはするみたいだけど、もしかしてこれは40歳ぐらいになるともはや一般的な状態なのだろうか?だとしたらすげえいやですね)。

 

 自分の病と気質に適したことをしてくれるところを見つけるには、勘と運が本当に大切なんだろう。誰に尋ねても、「だれそれは名医」と人を挙げられ、しかもそれが絶対に被ることがないというあたり、整体があふれかえるのもむべなるかな。

 

 民間療法の設立者は、大体がその元の療法にかかった結果持病が爆発的に治り、感動して自分も院を開く、というパターンが多いということをはじめて知る。

 

 あと、一回だけお酒を一緒に飲んだことのある、超能力者の秋山眞人さんがさらっと作中に不意打ちぎみに出てきて笑う。その人がちょっとさわっただけで(その日一日だけだけど)腰痛がしっかり良くなっててさらに笑った。

ロード•ダンセイニ『魔法使いの弟子』  荒俣宏訳 筑摩書房 1994年(単行本は1981年)  

 ロード・ダンセイニは1900年代から執筆を始め、ファンタジー文学界に影響を与えた人。

 

 

魔法使いの弟子 (ちくま文庫)

魔法使いの弟子 (ちくま文庫)

 

 

 ファンタジーといえば世界を冒険してー、危機を救ってー、みたいな、ローワンシリーズとかデルトラシリーズとかそういう系かなと思って読むと失敗する。話のスケールはスペインの一地方のさらに一部分が舞台なのでめちゃめちゃ地味です。

 

 妹の結婚の持参金のために箱に黄金を一杯にしなくちゃいけなくって、でも舞台の辺りではちょっとした家柄とはいえ、家計は火の車でそんな余裕はないので、魔法使いの弟子になって黄金を作れるようになってこい、と父から命令された息子が頑張る話。

 

 途中、魔法を教わる代価に影を取られてしまい、それが原因で人里から迫害されてさあどうしようという展開になっていくが、魔法の世界では影が重要って設定、良い。ゲド戦記の一巻もそんな感じの話?なのかな?読んだことないんですが。

 

 主人公の妹コワイ。領主様はあれで果たしてハッピーといえるのだろうか。

 

 日常世界サイドの終わりと、魔法使い側の終わり方が凄く対照的。ラストあたりの描写は本気出してるなーと思った。

 

 古き良きファンタジーを読みたい人におすすめ。