兜太 でね、そのことを別の角度から言うと、今日あるような俳句の一句一句、これはもともと正岡子規が、歌仙形式ーー後から虚子が連句って言ってますけど、連句の発句を独立させたんですね。それを俳句と呼んだんですけど。連句の発句というのは言うまでもなく、その後に七・七の付けを予定しているわけですよ。
せいこう 必ず付句がある。
兜太 だから当然、そのニュアンスは今でも残っているわけですよ。残影なんていうものではなくて、基礎的なものとして残っていると思います。俳句を作るときに、だれかに呼び掛けて作っているとか、次の付けを想定して作っている。これを私は「挨拶」と言っているんですが、挨拶の心構えで作るというのは大事なことだと思うんです。そうするといい句ができると、迷信みたいに思っていますけどね。とにかく俳句はそもそも挨拶を前提として作られていたんだと、これが大事でしょう。
せいこう ああ、素晴らしい。僕が素晴らしいなんていう権利もなにもないですけど、それはすごいですね。
(p121-122)
この辺とかなるほどの嵐。
〇内容
伊藤園の「お~いお茶新俳句大賞」の選者仲間である俳句の大家金子兜太さんと、いとうせいこうさんが俳句について一生懸命話す。
〇感想
『俳句入門』と銘打ってはいるものの、あくまで金子さんといとうさんの俳句観なので、全体として王道なのかどうかはわからん。
なので金子兜太さんについて知りてえ、あるいは知らなくてもすげえ人の話をとにかく聞きてえ、という人にはまず間違いなくお勧め。一般的な俳句論を知りたい、だとちょい微妙。
せいこうさんがちゃんと素人の立場に立ってくれててありがたかった。
俳句賞の選者を長年務めてるんだから俳句のことを知らないわけはないんだけど、それでも「俳句ってなんだ?」て根本の疑問をずっと持ち得ることが出来てる人なんだと思う。
反して金子さんは自分流で「これはこうだ」という観念がしっかりとある人で、「他流試合」てタイトルだけど実質師匠と弟子の会話見てるみたいな感じ。
教える、教えられるの関係性がわりかしはっきりしてるから、自分みたいな一句も覚えてないど素人でも安心してついてける。
そうやってなるほどね~っつって読んでって最後の章、文庫化するにあたって改めて十五年ぶりに対談してるあれはぶっ飛びますね。
完全に兜太さんが達人の境地に達してしまっていて、しめくくりにふさわしいラスボスの風格を漂わせてた。最初から読んでるからこそ覚える、「あそこから変身するんすか」感。
俵万智さんの口語短歌の影響は俳句にもあるとか色々面白い部分は多々あったけど、やっぱし本文冒頭にあげた「俳句=挨拶」っていうのはすごいと思った。
ある意味では完成させる必要はないんだね。だから五七五の定型に落とし込んでいく術さえ身に着けてしまえば、あとはめちゃめちゃ自由な遊びになると。
ただ兜太さんの俳句、例えば
谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな
涙なし蝶かんかんと触れ合いて
なめくじり寂光を負い鶏のそば
こんなんがあるが、これに七七つけろと言われてもそれはムリゲーだよなあ。
あと金子さんは今年の二月に亡くなられてるんだけど、
水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る
銃眼に母のごとくに海覗く
湾曲し火傷し爆心地のマラソン
↑こういう戦争をもとにした俳句も多い。
晩年は平和活動家としても有名で、それ自体にはいろいろ賛否あったようだ。
ただこういう、兵士としての実体験を基に詩を書ける人は金子さんが最後だったと今月号の『俳句』に載っていた。
こういう人が居なくなってしまったのは、大きな損失だという気がしている。
『俳句』の金子兜太特集もぜひ一緒に。
以上。