あることに興味を持ち始めた途端、図ったようにそのことについて偶然に情報が集まってくる、という経験に覚えがない人はいるだろうか?
あらゆるものから後押しされてるかのような錯覚と興奮を覚えることが出来るので、僕は結構好きなのだけれど、実際は無論そんな訳はなく、ただ単に今まで見過ごしていたことに注意を向けられるようになった、というだけに過ぎないのだと思う。
本書はちょっとした悪戯心めいた感情から、口ひげを剃り落とし、それからありとあらゆることがおかしくなっていく男の話である。口ひげなんてもともと生やしてなかったでしょ?と嘯く交際相手、突然存在なかったことになる友人、この前の日曜日に話した父が一昨年に死んでいる。やがて何も信じられなくなり、主人公の過去も現在も全ては意味もないものと化していく。
主人公にとって、たまたま口ひげは見過ごすことのできない現実だった。
しかしもしかするとずっと以前から彼の現実は変容していて、それに気づいていなかったのかもしれない。
もしかすると今この瞬間も僕の現実は変容していて、それに気づいていないだけなのかもしれない。
読みながらそんなことを考えました。