しがない雑誌ライターとして生計を立てていた主人公が、上野の国際子ども図書館への取材の帰りにある老婦人、喜和子さんと出会い、友好を温めていく……という内容。とだけ書くと何の変哲もない話に聞こえるが、「人に、場所に、図書館に歴史あり」を感じ取れる、力のある小説だった。
喜和子さんは、「大学の先生、ホームレスの恋人だったことがある」「自由気ままに生きているようでいて実は地方出身で、封建的な暮らしに反抗もできず、長い間縛られていたらしい」「かつて上野周辺のバラックに孤児として住んでいた?ことがあるらしい」などなど、やや複雑な経歴の持ち主だ。物語が急速におもしろくなるのは、喜和子さんが亡くなったことを契機として、主人公や喜和子さん周りの人物によってその来歴が詳しく紐解かれていく中盤以降である。それらはそのまま喜和子さんの家族の歴史、戦中~戦後の女性の歴史、図書館の歴史、そして本文随所で挟まれる、「主人公が喜和子さんに頼まれて書いたと思われる、図書館の小説」とオーバーラップし、重層的な広がりを見せていく。歴史小説、オーラルヒストリー的なおもしろさもあって、読み応えがある。
この小説全体の雰囲気としてもう1点好きなのは、本の中での時間のスパンがゆったりと長いことだ。作劇のうえで必要な展開をまとめた結果、「あれをやったら次にこれがこうなって……」とテンポよくガンガン進む本も多いけれども、この本はあくまで「主人公にも、その他の人々にも、あくまでその人たちの生活リズムがあり、その生活リズムが自然に合わさったときをつなげて展開している」という趣があり、そこに無理がない。そしてそれは、私がこの本の中に感じた「歴史を描く」というテーマに似つかわしいものだと思う。
■特に印象深いところ
物語の終わりにある図書館の詩は、小学生時代毎日のように図書館に通っていた身として、今後繰り返し読み返したい。
とびらはひらく
おやのない子に
脚をうしなった兵士に
ゆきばのない老婆に
陽気な半陰陽たちに
怒りをたたえた野生の熊に
あれは
火星へ行くロケットに乗る飛行士たち
火を囲むことを覚えた古代人たち
それは
ゆめみるものたちの楽園
真理がわれらを自由にするところ
瓜生平吉
(本書p452)
図書館だけではなく、すべからくこの世が「ゆめみるものたちの楽園」であってほしい、とも思う。
ではまた。