寝楽起楽

最近は頑張って読書感想ブログにしてます。

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22歳になった。

先日誕生日を迎えて22歳になった。

私の父いわく、22歳はこの辺りの曲が必修らしい。

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で、まあこういう音楽を聞かされていると、僕らより上の世代の人たちとしては必然的に、「今の曲は軽薄でいかん」という話になる。

 

 

母(ちなみに自分と母は同じ誕生日である。すげえ)は、昔の曲には悲しみがあった、という。

 

人生とはまず何よりも悲しみで始まらなくてはいけないし、そうでない私達の世代がおかしいと断じられた。

 

 

先日紹介した

姫野カオルコ『昭和の犬』 幻冬舎 2013 - 寝楽起楽

には、何の前ぶれもなく突然戦争期の記憶を突然思い出して往来で泣き出してしまうような人が、昭和前期にはたくさん居た、と回顧されている。

 

そういった空気はわずか60年の間にすっかり一掃され生まれているのが今の時代で、しかし今の明るさは、根底にある悲しみを無いように見せかけているだけの、空虚な楽しさでしかない、というのが母の主張であった。

 

 

酔っ払いの話なので要領を得なかったが、例えば今自分達がのうのうと生きている陰で、どこかの誰かが不条理に死んでいること、あるいはもっと直接的に、北朝鮮が日本に攻撃してきてそのまま戦争になるシナリオがありうること、そうした世の中にあって、自分がそれを知りながら何もせずにいること、というような諸々が、母にとっては悲しいらしい。

 

個々人の感覚がそもそもの出発点なので、合ってるとか間違ってるとか、そういう基準で考えることは出来ない。

 

どんなに理解したと思えても、真の意味で母の視座を自分が得ることもまた無いだろうが、ただ重要な話だと思えたので、備忘のために記事にしておく。

 

しかし、21世紀の21歳という記録的な年が終わってしまった。

次は22世紀の122歳ですかね。

同年代の皆さん長生きしましょう。