寝楽起楽

ネタばれには配慮しない、感想/紹介ブログです。毎週1回更新 +α を目指したかった。

『海をあげる』 上間陽子 筑摩書房 2020年10月

 無音のような耳であっても、いつかどこかで新しい音に破られる。私にその日がくるのかわからない。でもそれは楽しいことだと、インタビューの帰り道では心が弾む。

 あれからだいぶ時間がたった。新しい音楽はまだこない。それでもインタビューの帰り道、女の子たちの声は音楽のようなものだと私は思う。だからいまやっぱり私は、新しい音楽を聞いている。

 悲しみのようなものはたぶん、生きているかぎり消えない。それでもだいぶ小さな傷となって私になじみ、私はひとの言葉を聞くことを仕事にした。

(本書「おいしいごはん」、p28-29)

 

 「音楽のよう」ではあっても、まだ無音の耳が破られていないのは、女の子たちの声もまた、悲しみがにじんでいるからでしょうか。。

 

●内容

 未成年少女の支援/調査(現在は若くして子供を産んだ母親たちへの聞き取り)をおこなっている、沖縄在住の社会学者のエッセイ。

  

 

海をあげる (単行本)

海をあげる (単行本)

  • 作者:上間 陽子
  • 発売日: 2020/10/29
  • メディア: 単行本
 

  

●感想

 聞き取り調査でわかる人々の実態と、沖縄での家族との暮らしが、静かな筆致で語られていきます。元気に育っていく娘さんの描写が癒やし要素ですが、基本的には、とても悲しみに満ちた文章だと感じました(家族との日常の中にも時折、沖縄特有の問題が陰を落とします)。

 

 著者はさまざまに思いを巡らせながら、聞こえていない声、聴きとれていなかった声に耳を澄ませていくのですが、同時にそのものの前で立ちすくんでいるようにも感じました。その複雑なものを、静かに差し出してくる文体は稀有に思います……そして、その控えめな感じに載せられて読んでいたぶん、最後の3行には、「不意打ち気味に」身体の芯に重いボディーブローを食らった感じでした。 

 

 語られてきたことを一気に卑近に引き寄せられ、本当に凄い文だと思います。私は沖縄からみて「本土」の人間で、たしかに、本書で語られる物事は他人事のように読んでいたのだな、ということを自覚しました(じゃなきゃ、「不意打ち」とは感じずに読んだでしょうし)。

 この3行はまた、今まで見聞きしていた物事を、すごく表層的なエンタメとして空費してきたんではないか、と自分を内省させるきっかけにもなりました。

 

 社会問題に対する責任、ということを読了後考えていて、

 

「世の中にさまざまに問題があるのは、私たち大人がそういう風に、世の中を作ってしまったせいだ」

 

 と、まだ私が未成年だった時分に、身近な大人たちがふとした時に言ってくれたことがあったな、と思い出しました。

 末端とはいえ社会の成員として働き始めた以上、私もまた、(本書で挙げられていることに限らず)責任を引き受けるべき一人になったのだと思います。

 少なくとも、私が何かをした結果、そして(認識は難しく、また責任を受け入れるのも覚悟がいることですが)何もしなかった結果が、微細でも社会に反映されていく、ということは事実として受け入れなければなりません。

 そのうえで何をするのか、何をしないのか、は皆目見当もつかないのですが。。とりあえず、「ここにいい本があるよ」とは、書いておきたいなと思ったしだいです。

 

では。