・ひらかれてひらきっぱなしの欠陥でもう誰といたってねこじゃらし
遠いな~
〇内容
新鋭短歌シリーズ27弾・初谷むい(1996年生まれ)の第一歌集
〇感想
短歌界では発売以来結構騒がれてるっぽい歌集で、実際注目されるだけのものはあると思うんだけども、個人的には、
・エスカレーター えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜を思うよ
・ジュンク堂追いだされてもまあ地球重力あるし路ちゅーも出来る!
こういったあちらこちらで取り上げられている初谷さんの代表作だけみて、自分から遠すぎるのではないかという懸念があり、今まで手にとってはこなかった。
が、食わず嫌いはいかんし、遠いなら遠いでその遠さそのものを楽しめばいいのではないかと思い直し、今回手に取った次第。
考察に入りますと、
・ふるえれば夜の裂けめのような月 あなたが特別にしたんだぜんぶ
・手を繋ぐゆめのそのまま好きになる消えてしまうけれど好きになる
これらの歌に見られるような、(特に恋愛における)一瞬一瞬の完全性、みたいなもんをうたってる奴。
例えば河野裕子さんの、
・たとへば君 ガサッと落ち葉をすくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
この歌と比べてみると、河野さんは最初からそうした完全性をあり得ないと認識したうえで、それへの羨望をちらとのぞかせているように見える。
しかし初谷さんの場合、そういう瞬間ありきで歌を詠んでいるようなところがある。
短歌のことを好きになったのは、放っておけばあっという間に消えてしまうような瞬間のゆらぎが、ひとつの調べの中に湧き上がって、それがとてもうれしかったからです。すべてのものは変わるけれど、ほんとうのことはどうがんばっても正しくあなたに届かないけれど、キーボードをぱちぱちと叩いて、そこに浮かび上がる言葉にはなんだか救われたような気がしていました。
(あとがきより)
こういう意識で、つまり最初から「保存してやろう」というような気持ちで歌を詠んでいるような人、にわか知識の範囲では今まで居そうでいて見かけなかった気がする。
・生きていてのんふぃくしょんじゃんのんふぃくしょんあたしたちのんふぃくしょんなんだ
・酩酊。酩酊。このこえはおのおのだいじにしてほしいことばをいまからつたえるこえです
・せおりい「どうせだったらこのまんまあわあわあわになっておしまい」
そういう目で読んでみると、例えばこれらの歌も、ほんとにごく単純な一瞬の気づきだったり感情だったりを、思うがままに歌にしている結果という風に見える。
・カーテンがふくらむ二次性徴みたい あ 願えば春は永遠なのか
だからといって、それらは思いついたものをそのまま形にしているわけではなく、これなんかは推敲をしないと作れない歌だと思うんだけど、しかし、時間を置いて作っていることが却って、その背後に作為性を感じさせてしまって面白くない、ともいえるかもしれない。
そういう意味では冒頭であげた「ねこじゃらし」のやつとか、わけわからんけど、そういうまんまのほうが面白いのかも。
ただこういう歌、好きな歌一首あげてください、と言われたときに絶対にあげられないよな。好きな理由を説明できないし。
今回は本文中に歌をいくつかあげてるので、歌紹介コーナーは一首だけ。
・うろこ、ってぬぐってくれた 二人ともそれが涙とわからなかった
「わからなかった」っていうのは絶対に欺瞞である(だって歌を詠んだ時点では「涙」っていってるし)が、嘘と知りながらそうしている、その努力が尊いと思う。
以上。